Haiku Happy Jam

アクセスカウンタ

zoom RSS Winter Apples

<<   作成日時 : 2006/11/22 20:22   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 2

画像

今回は、自身の祖父母の話をしようと思う。
祖父母は大正生まれで、ふたりとも太平洋戦争経験者である。ふたりは山梨県の茅ヶ岳の麓の小さな村で暮らしていた。私の幼少のころの祖父母の記憶は、ケンカするほど仲がいい、おじいちゃんおばあちゃんだ。祖父は、短気だがとても心根の熱い性質で、あまり気の利いたことが言えない性質だった。反対に祖母は大らかで、よく話をする人だった。正反対がゆえに、よくケンカをしては、ふたりで頑張って暮らしていた。




私の母が祖母のお腹にいるころ、祖父は戦局が悪化する中を陸軍に召集された。しかし、いよいよ明日戦地へ出発をするという時に、日本は終戦となった。祖父は紙一重で戦闘を逃れた。この話は、祖父の運の強さを証明するひとつだ。タッチの差で長らえた命を惜しむことなく、祖父は村のために水道を引くことに尽力し、山に熊が出たぁ、猪が出たぁといえば、マタギの血を騒がせて、一目散に獲物をしとめに行った。そんな祖父を、祖母は畑を耕しながら生計を助けていた。祖母の作る野菜以上に、美味しい野菜の味に今だ出会ったことがないと思えるほど、祖母は野菜を作るのが上手だった。祖母はなんでもできる人だった。蕎麦、饂飩はもちろん粉から手打ち。醤油も味噌も自家製。夏には庭いっぱいの苺。秋には軒にたわわとなる干し柿。大きな糠どこ。山梨の産物である葡萄も、売り物にならないものを引き取り、洋酒やジャムにしていた。余った端切れをいくつも合わせて、一枚の布団を作ったりした。それら、すべてを祖母がやっていた。今で言う、マルチな主婦なのではないかと思う。
私は祖父母とは離れて暮らしていたため、初孫の私が遊びに行くと、祖父も祖母もいろんなことを話そうとした。当然、祖父のほうが話をするのがヘタなので、横から祖母がいろんなことを説明するように話をしはじめる。それを横槍と思う祖父は祖母を注意をする。そうすると、祖母は負けることなく、「じいちゃんの話し方じゃ孫には話は伝わらない」とダメ出しをする。そこからは、目の前の孫を無視して、ケンカが始まる。まるで小学生のケンカみたいなので、どこか微笑ましかった。夏休みに遊びに行くと、祖父と大きなカブトムシを探しに行った。冷たい井戸水に浸してあった、祖母の自慢のトマト。年末に行くと始まる、餅つき。今となっては、ただただ懐かしいばかりだ。
三年ほど前、祖父が風邪をこじらせて入院し、あっけなくこの世を旅立った後、一年も待たずに祖母も眠るようにあの世へと旅立って行った。ほんとに仲の良いおじいちゃんおばあちゃんである。二人が大好きだった林檎で、ケーキを焼いた。ふたりの話し声が聞こえそうである。
おしまいに、ちょっしたエピソードをひとつ。私が小学一年生の冬のある日、遊びに行っていた祖父母の家が突然のドカ雪で停電になった。山の冬は想像以上に寒い。しかも、停電になったのは夕闇迫る頃。みんなの知恵を絞って、あるだけの布団と毛布を、からだに纏って寒さを凌ごうとしたが、あまりに寒いので、祖母も母も私も叔母も、女どもは口々に寒いね寒いねと言っていた。あまりにみんながガタガタ言うのものだから、祖父はかけていた毛布をさっと剥ぎ取ると煙草をくゆらしながら、ひと言を私たちに言った。「こんなときでも、鯉や金魚は水の中。」突然に、灯りがついた。祖父のひと言は、どんなものでもかなわない。

山の風あつめて赤し冬林檎

☆出会えた季語☆ 冬林檎(季節・冬)

☆Sweets Menu☆ Winter Apple Cake(冬林檎のケーキ)

月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
おじいさま、かっこいいですね。
はづき
2006/11/24 15:01
はづきさま、コメントうれしいです。いつも読んでくださって、ありがとうございます(^_^)/
Yumi
2006/11/26 07:56

コメントする help

ニックネーム
本 文
Winter Apples Haiku Happy Jam/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる