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zoom RSS It's A Beautiful Day

<<   作成日時 : 2006/05/26 01:52   >>

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今年の五月は雨の多い日が続いていたが、今日は久々のまさに五月晴れという一日だった。
三年前父が亡くなった日も、今日のように晴れ渡った五月の日だった。
私は母譲りの人より勘が働く性質で、父が亡くなる一ヶ月前、花見後の昼食の席で、お墓のことや、父が今まで携わってきた家のことや人間関係など、「お父さんがいなくなった後は、お前、しっかり頼むな。」と突然に言い出した。花を見た後の高揚感と疲れで、そのときは、その言葉をあまり気にも留めなかったが、家に帰り落ち着いてから、父の言った言葉が、普段の父らしくなく、何か大きな力が働いているようなそんな空気が、それからは沸々といつも私の周りを取り巻いていた。




父が亡くなる一週間前に、亡くなった祖父が母の夢枕に立ち、母に大丈夫だからと微笑んでいたという。その時から母も、どうしようも出来ない力が、身の周りに働いているのを感じていたようだった。
父が倒れたと、真夜中に母から連絡を受けたとき、透析というリスクを負っている父が、簡単に手術を受けれる訳でもなく、どっちに転んでも父は助からないだろうと思うのと同時に、あの花見の後に私に言ったように、父はこの日を誰よりも予感していたのではと直感した。直感した通り、倒れ入院してから一日で、父はその潔さのままに、あっという間に彼の岸へ旅立ってしまった。ただ眠っているようなだけの父の顔に、キラキラと差し込みはじめた光を見て、こんな時でも太陽は昇り一日がはじまるのだと、やりきれない思いで朝の陽を見上げた。朝陽がぐんぐんと病室に差し込んで、安らかに眠る父の傍らに佇む母と私に、父が旅立ってしまったという現実を、私たちは生きているという現実を、教えてくれていた。
父が亡くなってから、身に沁みて実感したことが二つある。ひとつは、優しさと思いやりが、どれだけ生きていく人を勇気付けるかということ。もうひとつは、四季折々は日々美しく、そこに優しく時間が流れているということ。
花見の後に父から言われたことが、私にとっての父の遺言となってしまったが、父が私に遺していったものは他にもある。ステーキの美味しい焼き加減、お酒の楽しい嗜み方、海の蒼さ、星の名前、そして、季節を感じる心…。英語を話せる必要性を、幼い頃から私に叩き込んでいた父だったが、同時に四季折々の日本語の情緒性を、父は何より大切にしていた。今から考えると、私が俳句をはじめたのも、自然なことだったに違いない。
五月の風を感じるとき、父が傍にいるように感じる。そして、父に告げたくて告げることができなかった「ありがとう」のひとことを、風にそうっと呟いてみる。

 天国の門を隠して蔦茂る

 *出会えた季語* 蔦茂る(季節・夏)

 *Sweet Menu*Apricot Chocolate Cake (あんずのチョコレートケーキ)
 

 


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